TBS「報道特集: 原発事故と甲状腺がん」について
掲題のテレビ番組が5/21に放映されました。僕はたぶん耐えられないだろうと思ってリアルタイムでは観るのを避けたのですけど、その後TVerで観られるようになったので、観て論評するのは僕に課せられた試練に違いないと思い、とにかく観ました。
正直、非常に辛い番組で、たかだか20分を一気に観通せず、休み休み四回に分けて完走しました。二度と観る気にはならないので、記憶違いがあるかもしれないけれども、記憶をたどって論評しておきます。
とにかく問題だらけの番組で、僕はこの番組が「報道」を詐称することに怒りを覚えました。これは報道番組ではありません。放射能デマと風評を垂れ流すだけの極めて悪質な番組です。
この番組は「311子ども甲状腺がん裁判」の原告6人の中に名を連ねたひとりの20代女性を主人公として進みます。彼女は震災後に体調不良をきたし、その後の甲状腺検査で甲状腺乳頭が発見されました。福島県立医大の医師の勧めによって手術を受けたそうですが、医師が被曝影響ではないと言ったことに不信感を覚えて、手術は東京の病院で受けたとのこと。
もちろんこれは事実に違いないのですが、初めに挙げられた体調不良は放射線被曝影響ではありません。これははっきりしていて、低線量被曝による健康影響はほぼ発がん率の増加に限られ、番組で述べられたような体調不良は生じません。これは彼女が悪いのではないんですよ。彼女の発言をそのまま流したTBSが悪質なのです。低線量の被曝影響で何が起きるかは相当に明らかになっています。仮にも原発事故関連の報道に携わるものがそれを知らないとは言わせませんよ。これは、視聴者の不安を煽るために敢えてカットしなかったとしか考えられません。これが冒頭部分。
とここまで書いてから、一か月以上経ってしまいました。いくつか批判記事が出たものの、あまり大きくならずに終わったのかなという気がします。Buzzfeedは早かった上に服部美咲さんに取材してなかなかいい記事を書いていたと思います。
碌な総括もないままもう下火なのかなと思っていたところに、Newsポストセブンがかなり力の入った記事を出してきましたよ。甲状腺がんと甲状腺検査については高野徹先生にかなり詳しく取材しています。冒頭で紹介された体調不良が甲状腺がんの症状ではないこともきちんと説明しておられる。「報道特集」をご覧になったかたは高野先生の説明だけでもお読みいただくといいと思います。
実はこの件では僕も取材を受けて、いろいろ説明はしたのだけど、専門家に聞くほうがいいと言っておきました。その時、記者のかたは高野先生への取材を予定していると言っておられて、かなりよく下調べして取材に臨んでおられるという印象を受けました。1時間ほど取材を受けて、僕の発言はふた言だけ使われただけですが、それでいいと思います。
とりあえず、この記事を読んでいただければ、番組の概要はわかるはずです。悪質な放射能デマ番組と断言してかまいません。
ここではこういった記事で見逃されがちなことについて追記的に書いておきます。それは「当事者を引っ張りだすことの非人道性」です。この番組の主役となった彼女が実際になにを考えているかは知る由もないのですが、ただはっきり言えるのは、彼女もいろいろな意味での被害者であり、彼女にはなんの非もないことです。これが「被害者バッシング」につながらないことを願います。
いろいろな意味でのと書きましたが、具体的には彼女は第一に甲状腺検査の被害者です。無症状(甲状腺がんの症状は出ていないことに再度注意)の甲状腺がんをエコーで見つけてしまった結果、九分九厘無用な手術を受けたわけです。県立医大以外のところで受けたというのが非常に気になるのですが、とにかく甲状腺検査の結果として手術を受けたのだから、検査の被害者というのは確かです。
次に、「たちの悪い反原発活動家」の被害者でもあります。訴訟を支援しているのは「311甲状腺がん子ども支援ネットワーク」という組織で、正体はあまりよく分かりません。名前からすると崎山比早子氏がやってる「311甲状腺がん子ども基金」との繋がりがあるのだろうと想像されるものの、明記はされていないようです。「基金」のほうはなかなか難しいのですが、崎山氏は甲状腺がんは放射線被曝影響という立場の人なので、まあそういう団体だと思っておいてください。表向きは甲状腺検査でがんが見つかった人たちの支援を目的にしているものの、利用していると考えるべきでしょう。訴訟を主導しているのは井戸謙一・海渡雄一・河合弘之の三弁護士で、検索してもらえば分かるけど、まあ反原発活動家と呼んで差し支えない。これらの人々が甲状腺がんの手術を受けた人たちを焚き付けて訴訟に持ち込ませたという見立てで間違っていないのではないでしょうか。
ここで、被曝が原因だとして因果関係を争おうとしているところが非常に大きな問題で、UNSCEAR報告などを踏まえれば因果関係は立証できないでしょう。いや、地裁レベルでは時々とんでもない判決が出るから、それに賭けているのかもだけど、最高裁まで行けば九分九厘否定されると予想されます。「被害者」を担ぎ出して勝ち目のない訴訟に持ち込み、自分たちのイデオロギーのために利用しようという構図は、タミフルやHPVワクチンの副反応訴訟でも見られましたた。いずれにしても、彼女はこれら「活動家」の被害者と言っていいのではないでしょうか。
最後に、もちろん東電原発事故がなければ甲状腺検査もなかったのだから、原発事故の被害者であるのは間違いありません。ただ、被曝影響ではないだけです。
だから、無理筋のおかしな訴訟ではあっても、原告を責めてはなりません。彼女らにはなんの責任もない。あくまでも被害者です。ただ、その意味は多くの人たちが想像するのとは違っているかもしれません。
無症状の子どもへの(大人ならなおのこと)甲状腺エコーは「死ぬまで悪さをしないがんを見つけてしまう」過剰診断のリスクが大きいので、こんな検査はもちろん推奨されていません。非推奨の検査を強引に続けているのが福島県で、そのために、たくさんの人がおそらくは「受ける必要のない手術」を受けました。それでもなお、検査は続けられています。この責任は福島県と実施主体の福島県立医大にあると思います。
なんとかしなくてはならないはずです。この問題への関心はあまりにも低い。この訴訟が契機になって、甲状腺検査問題への関心が高まればいいのかもしれませんが、訴訟もあまり関心を惹いていないように思います。いや、原告であり「被害者」である彼女たちのことを思えば、訴訟は関心を惹かないほうがいいかもしれません。
最後に、甲状腺検査問題についてはあけび書房から「福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか」という本が出ています。僕も一章書いています。関心を持っていただけるとありがたいです。
1.「低線量被曝による健康影響はほぼ発がん率の増加に限られ、番組で述べられたような体調不良は生じません。」と記載されて居られますが、
下記によれば「実際には、広島・長崎の原爆被爆者を対象とした膨大なデータをもってしても、100ミリシーベルト程度よりも低い線量では発がんリスクの有意な上昇は認められていません。これよりも低い線量域では、発がんリスクを疫学的に示すことができないということです。」
https://criepi.denken.or.jp/jp/rsc/study/topics/lnt.html
2.先生は良く「九分九厘」と仰いますが、名取先生もそれは過剰表現だと仰っています。ウェルチの本にあるのは、非常に小さいがんも全て入れて数えた場合の過剰診断率ではないかとも仰ってます。尚、福島の過剰診断率について名取先生は90〜95%程度と試算して折られます。
3.「事故がなければ甲状腺検査もなかったのだから東電にも責任の一端がある」旨、主張されて居られますが、私は違うと考えます。
事故があったら必ず甲状腺検査すると言う必然性はありません。また、鈴木眞一教授は制度設計をした時に過剰診断の発生可能性を認識していました。
東電は検査の計画や実施に関わって居らず、福島県が福島医大を中心とする検査関係組織に計画実行を依頼して、国が後押ししました。
例えば、東電車が事故を起こし、その事故処理中に、その横を通りかかった福島医大車が、東電事故に気を取られて、別の事故を起こしたとします。
東電の事故があったから、福島医大の事故が発生したことには違いありませんが、福島医大の事故との因果関係はありません。福島医大の事故の原因はよそ見です。
どうかご一考ください。