ずいぶんと久しぶりにP.K.ディック『ヴァリス』を読みました。これまでは大瀧訳だったけど、今回は山形訳。山形訳は好き嫌いが分かれそうだね。
『ヴァリス』はディックの代表作にして、最高に狂った小説で、こんなもんが出版されたのはこの時点でディックがベストセラー作家になっていたからでしょう。その前の売れない作家時代ならとても出版されなかったと思う。
ディック自身の神秘体験をもとにした半分実話で半分は妄想でできている作品ですが、この神秘思想のところを真に受けると頭がおかしくなるので、狂った作家の妄想作品と受け取るのが正しいでしょう。
これは『高い城の男』の続編として構想された小説で、それが二転三転してこうなったのですよね。途中段階の作品は『アルベマス』として出版されてて、まあ『高い城の男』の続編と言われればそうかなという感じ。この世界は「帝国」が支配するまやかしの世界だというのが『高い城』と共通のビジョンで、『ヴァリス』ではいずれ救世主が現れて帝国は滅ぼされるという希望(というか願望)が語られる。
しかし、とりあえず「帝国」を支配してるのがニクソンで、ウォーターゲート事件によるニクソン辞任が神性の顕れだというのは日本人には理解しがたいし、そもそもしょぼい話だね。まあ、ディックにとってはニクソンが重要だったのでしょう。
『ヴァリス』はディックの代表作だけど、SF読み始めの人には勧められないし、それどころかたいていのSFファンにも勧めがたい作品です。ディック・マニアだけが読めばいいと思う。ただ、『ヴァリス』三部作の最後を飾る『ティモシー・アーチャーの転生』はディック作品の中で最高に美しいので、これを読むためだけに頑張って『ヴァリス』と『聖なる侵入』を読むのもありかもですね。