2022年07月14日

安倍晋三の死

安倍元首相が突然の凶弾に倒れて数日経った。政治家が暗殺されるのは日本では相当に珍しく、しかもよりによってその被害者が安倍晋三だったことに僕はひどく動揺している。

僕は左派リベラルなので安倍晋三の国家観にも家族観にも共感しない(もっとも、あの夫婦を見ると、相当リベラルな家族観のような気もするので、わからん)。好きな政治家でもない。

しかし、経済政策と外交政策で相当な成果を挙げたことは事実なので、そこは認めるべきだと思う。巷間、「左派」や「リベラル」っぽい人たちによるアベノミクス全否定のような発言が目につくけど、それは全て間違っている。安倍晋三は日本にリフレーション政策を導入し、それは世界的に見ても先進的で革命的だった。アベノミクスと呼ばれるものの、その内容は標準的なリフレーション政策、つまり金融緩和と積極財政の組み合わせだ。

もちろん、二度の消費税増税でインフレ目標が達成されなかったのは残念だし、政府内外からの増税圧力があったにせよ、最終的に増税してしまったのは安倍政権だから、責任はある。とは言え、「消費税増税は議論もしない」と約束して政権についた民主党が菅直人政権時に消費税増税を主張し、野田政権でそれを決めてしまったのもまた事実で、増税しないのも難しかったところだろう。

それでも、民主党政権でどん底まで落ち込んだ日本経済が、安倍晋三のリフレーション政策、特に黒田日銀と協力しての金融緩和で大きく持ち直したのは事実。これを認めない人たちは誤っているし、民主党政権時代のほうが経済状況がよかったと言うにいたっては悪質な歴史改竄だ。

アベノミクスの最大の功績は雇用を増やしたことだ。被雇用者総数が増え、非正規だけでなく正規雇用も増えた。アベノミクスの成果を認めたくないばかりにこれを団塊の世代が退職した穴を埋めたせいにしたい人たちもいる。でも、それなら被雇用者総数は増えない。完全失業率も大きく下がった。飯田泰之さんの著書には経済政策の目的は雇用を作ることだと書かれており、その意味でアベノミクスは経済政策として正しく機能した。僕は大学に勤めているので、学生の就職状況を聞く機会があり、民主党時代と安倍政権時代とでは全くちがう。雇用は劇的に改善した。これが事実。

アベノミクスの成果をデータでまとめてくれている人がいるので、見るといいと思う。
もちろん、本もたくさん出ている。野口旭『アベノミクスが変えた日本経済』とか、ほかにもいくつもある。アベノミクスの本質がなんだったかを知りたい左派は松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』を読むといい。松尾さんはゴリゴリの左派で「反安倍」の急先鋒だった。その人がアベノミクスという政策をどう評価したかは一読に値する。野党が松尾さんの提言を完全無視して緊縮政策に走っているのは実に残念だ。松尾さんの話に耳を傾けたのは山本太郎だけだけど、れいわ新選組は放射能デマと反ワクチンだ。

アベノミクスはある意味で道半ばにして終わってしまった。最大の原因は消費税増税だけど、財政出動が足りなかったのも原因だ。コロナ対策として大規模な財政出動に成功したもののその原資は短期国債だった。これらの多くが財務省との戦いに敗れた結果だろう。僕は安倍晋三が将来回顧録を書いて、財務省との確執を明らかにすることを望んでいた。書かれずに終わったのは残念だ。

それでも、首相退陣後の安倍晋三は首相時代にもまして、反緊縮政策の先頭に立つ発言を続けてきた。これだけの大物政治家が反緊縮を声高に主張してきた影響は大きい。自民党内の反緊縮派は安倍がいたから一定の勢いを保てていたのだろうし、財務省言いなりで緊縮派の岸田首相に対して反緊縮側の「重し」の役割を果たしていたのが安倍だ。

僕には弔意だのお悔やみだのそんな気持ちは全くない。政治家はただその政策で評価されるべきだ。安倍晋三は今の時代に必要な政治家だった。安倍晋三の「機能」を代わりうる政治家は当面いないだろう。僕はこれからの日本の経済政策に大きな危機感を抱いている。

反緊縮派はなんとしてもここで踏みとどまらなくてはならない。与党であれ野党であれ。野党第一党が緊縮派なのは日本にとって大問題だし、松尾匡さんの意見を聞いたのが放射能デマの山本太郎だけだったのも大問題だ。当面は与党内の反緊縮派のがんばりと国民民主党に期待するしかない。ここで踏み止まれなければ、日本経済は壊滅する。ぜひがんばってほしい。

今はイデオロギーより経済だと思う。経済弱者や貧困を救えるのは経済成長だけだ。そのためには反緊縮経済政策しかない。緊縮派は貧困に冷淡だし、経済よりイデオロギーを重視するのは経済弱者に冷淡だ。残念ながら、それが日本の「リベラル」「左派」の実情だ。

松尾匡・ブレイディみかこ・北田暁大『そろそろ左派は経済を語ろう』という本がある。反緊縮政策がどうして必要かを分かりやすく語る鼎談だ。未読の人、特に左派やリベラルを自認する人にはぜひおすすめしたい。
posted by きくちまこと at 21:26| Comment(0) | 日記